六代目 若社長日記

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かくありたい姿

 

先月あたり、

フェースブック上でつぶやいたフレーズですが、

この場でもシェアさせていただきたく、投稿します。

 

【かくありたい姿(企業として)】

 

当たり前のレベルが物凄く高い会社。

かつ、当たり前のことに感謝できる人ばかりの会社。

 

(解説)

前者は小さな改善を積み重ねて、ホッタの「当たり前」が、

業界水準の中ではより高いところになるように努力してますので、

時間が経てば経つほど、練度が増せば増すほど出来ていくはずです。

 

後者については、普段から相当気を付けていなければ、

時間が経てば経つほど危うくなっていくものだと思います。

現時点でもまったくできてないと思いますので、

ことあるごとに、当たり前のありがたさを訴えて行きたいと思います。

 

【かくありたい姿(個人として)】

 

アンテナは高く、腰は低く、

 

そして動きはすばやく!

 

どちらも実現したいことなので、こういう場所に書くことで、

実現可能性を少しでも高めたいと思います。

 

話しは変わりますが、フェースブック、面白いですね。

やっている方で、私と会った事のある方、またはお取引いただいている会社の方、

ぜひ友達申請ください。

 

やっていない方、色々な意味で面白いので、

登録してみることをお勧めします。

 

色々な出会いや発見があるはずです。

 

 

2012年1 月 7日 (土) | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

業界紙年頭所感

 皆さま、新年明けましておめでとうございます。

今回で9回目になろうかと思いますが、

恒例の業界紙年頭所感、こちらにもUPしておきます。

 

なんでこんな若造に執筆依頼が、、

という思いがありつつ書いてきた業界紙年頭所感ですが、

毎年業界の賀詞交歓会や新年あいさつ訪問先にて、

反響を聴くことが出来、ヨイショ半分なんでしょうが、

「いつも楽しみにしてます」というようなありがたいお言葉を頂くこともあり、

最近では少し前向きに取り組めるようになってます。

 

、、ということで、前置きが少し長くなりましたが、

下記が本文になります。

 

時計宝飾に携わる方々の心に、

少しでも火をともすことが出来れば幸いです。

 

*  *  *

 

私たち日本人にとって決して忘れることの出来ない様々な出来事に見舞われた

2011年が去り、この新しき年こそは良き年でありますようにと、

心よりお祈り申し上げます。

 

今回の震災によって、私達の日常がいかに脆いものか、

まざまざと見せつけられることとなりましたが、

それと同時に「命」の重みや「絆」の大切さといった事を

見つめ直すことにもなったと多くの方が思われたのではないでしょうか。

 

そして私達が生業としております「時計」や「ジュエリー」は、

たしかに生命の危機においては役に立たずとも、

私達が「それ」を買い求める時や誰かにプレゼントする時、される時に、

その「モノ」に意味が与えられることによって、

「生きる喜び」や「誇り」、「希望」や「絆」と言った、

人生をより良く、より濃く、より深く味わい生きる為に

大きく作用するエネルギーを増大化させる「アイコン」として、

それを身に着ける人の人生を照らし続けることができるという

稀有な「モノ」であるということが、改めて浮き彫りになったというのも

今回の震災だったのではないでしょうか。

 

「人はパンのみにて生きるにあらず」

 

動物でも植物でもない「人」として美しく生きる為に、

大いに役立つのが「時計」であり「ジュエリー」であり、

そう考えれば、人生の節目を飾る時計やジュエリーを販売し、

メンテナンスの窓口足り得るお店は、「文明国におけるインフラ」であり、

立地する地域においては、美しい人生を送る手助けをする

重要な拠点であると言っても過言では無いのではないか、

という思いを強くしております。

 

先行きに不安を感ずることの多い状況であればこそ、

自らの存在意義を高いところに定め、

本年の干支である龍の如く駆け巡る年にしたいと存じます。

 

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

    *  *  *

 

ということで、今年得たインスピレーションは、

時計宝飾店は人が人生を美しく生きる為の、

「文明国におけるインフラ」である。

 

ということでした。

 

時計、ジュエリーに携わる皆さま、

2012、誇りを持って歩んでまいりましょう!!

2012年1 月 6日 (金) | 個別ページ | コメント (1) | トラックバック (0)

あまのじゃくの面目躍如!?

 

自称!? あまのじゃくの私。

 

クリスマスらしからぬ、ただ、

よく読むと、決してあまのじゃくではない!?

投稿をば、いたします。

 

まぁ、冗談や前置きはさておき、

先日からずっとここで紹介したいと思い、

カバンの中に潜ませていた、靖国神社の会報「靖国674号」

 

日下公人さんの

 

「昭和ひとけた生まれが考える英霊のこころ」

 

からの抜粋です。

 

目からウロコでした。

 

* * * * * *

 

今から私が書くのは英霊に対してではなく、

生き残った私より若い人に対してである。

 

(ちなみに日下さんは80歳なので、これを見ている人の99%が「若い人」にあたるでしょう)

 

(中略)

 

若い人がサイパン島へ新婚旅行へ行って、

日本軍の戦車を背景に写真をとっている風景を論じて

左翼的な先生は「日本はおろかな戦争をしたおろかな国だった」

と、教え、右翼の評論家は「兵士が生命を捧げた武器に腰をかけるとは何事か」

と、慨嘆するが、昭和19年当時の日本人の心を知っている私の感想はまるで違う。

 

兵士は喜んでいるだろう。

戦車のまわりで大いに遊んであげるのが最大の功徳だ。

 

(中略)

 

英霊はそういう幸せな日本を守るために生命を捨てたのであり、

戦後の日本は再度そういう国をつくったのである。

子供や孫の世代がサイパンに新婚旅行にくるようになったのを見て

死に甲斐があったとおもっているはずである。

 

私より約10年年長の(終戦時25歳)古川潔氏は華南の地を桂林まで転戦した人で、

靖国神社の経理部長をなさっていたが、

あるとき、靖国神社の境内が若い男女の宴会場になっているのを嘆いて、

深夜は境内を閉鎖しようという意見が出たとき断固として反対した。

 

自分は英霊の気持ちを良く知っている。

誰でもいい何でもいい若い日本人に自分達のことを思い出してほしいのだ。

幸せな若い人を見れば嬉しいのだ。


(中略)

 

当時のアメリカ兵が日本の子供を見てどう思ったか(中略)

 

その一「この島の子供はチョコレートを知っている。なぜだろう。日本は文明国らしい」 (筆者独り言「はぁ?」)

 

その二「子供は食べずに家にもって帰るとは。日本は文明国である」

 

当時日本の三百市町村は空襲のため瓦礫の山になり子供はハダシだったが、

日本人の教養、礼儀、精神は健在だった。

 

また、戦死した人の心をうけつぐ心が子供にもあって、それが戦後の復興を実現した。

 

アメリカの占領政策は日本人の心を改造しようとしたが、これも日本経済の高度成長と

高度工業化の方が先に実現したので失敗に終わった。

 

 

戦後六十六年間日本は軽軍備で過ごすことができたが、それは一にも二にも身命を賭して

勇戦敢斗した日本人の底力と気概を外国が知っているからである。

戦後、我々は豊かで住み良くて、世界中から模範と仰がれるような国づくりに成功したが、

そんな日本の成長についても外国の方が日本より良く知っている。

日本人の方が知らない。

 

(中略)

 

話を元にもどして、昭和一桁世代が知っている戦争中の日本人の原爆観を書いておこう。

 

その一、日本が先に発明したらもちろん先に使ったんだからしゃあないな。(略)

 

その二、(略)焼夷弾より遥に殺傷力のある原爆も武器の一つに過ぎないと分かっていた。

 

その三、日本陸軍のお偉方はこれで降参する決意を固めることができてホッとしているだろうな。

 

戦後登場した歴史家が想像するより日本人ははるかに程度が高かった。

と、後世に伝えておきたい。

 

* * * * * *

 

今日こうして、かつての敵国の風習である「クリスマス」とかいう、

中東に生まれたお方のお誕生日を、ほとんど国民行事のように

お祝いするという風景は、

 

ご先祖様達から見れば、非常に微笑ましく、

子孫たちの幸せを願って戦争で散った英霊達から見れば、

誇らしく思えるのかも知れません。

 

ということで、今日はご先祖様に感謝しながら

幸せを味わい、噛みしめていきましょう。

 

 

2011年12 月25日 (日) | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

自分流の模索。

 

今年もあと1月を切りました。

そして、今年の大みそかで私は35歳になり、

丸8年ホッタの社長を務めたことになります。

 

何もわからぬまま、ただ使命感のみで跡を継ぎ、

たまたまその時抱えていた経営課題に対し、

比較的素直に取捨選択をするだけで

ある程度結果がついてきてしまった

(要は人財に恵まれていた)前半の4年間と、

 

売上がアタマを打って、リーマンショックの影響を

モロに受け、そこから立て直して行く後半の4年間。

 

まぁ、いい経験をさせてもらってると、思います。

 

昨日新入社員の受け入れ時の恒例行事、

会社の歴史と経営理念のレクチャーをして、

先代社長たちのやってきたこと、決断、

生き様等々を話しながら、

 

果たして自分はこれからどのように

その次の世代に語られるのだろうか?

というようなことを考えました。

(まぁ、相当先の、それも上手くいけばの話ですが)

 

これからいろいろな選択肢がある中で、

きちんとした経営をしていくためには、

自分の中で一つの「軸」を定める必要があるんだと思います。

 

その軸とは、今の自分にとっては、

先日のブログでも書いた

 

「ご先祖様と同じお墓に入れるかどうか?」

 

という問いかけを常にし続けることかと思います。

 

これって結構門外不出の秘伝のタレ的なものかも知れませんが、

 

こういう価値観を世の中に広めたいとも思いますので、

あえてこういう場所に書いてみます。

 

いつの日かあのお墓に入るときに、

父や母、(どっちもまだ生きてます)、祖父母、曽祖父母たちに

 

笑顔で迎えてもらえるのか?

 

否か?

 

その問いかけをしていけば、

 

派手な成功はしなくとも、

地に足をつけて、

着実に企業を成長させることはできるかと。

 

そして自分の軸をそこに置くと、

結構余計な雑音が消える気がします。

 

継ぐべき事業のあるなしにかかわらず、

良い人生を送るための一つのアイディアとして、

この投稿がお役にたてば幸いです。

 

 

 

2011年12 月 2日 (金) | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

ゲーテの言葉

 

今朝の日経「私の履歴書」に、ゲーテの

 

財を失うことは小さく失うことである

名誉を失うことは大きく失うことである

勇気を失うことはすべてを失うことである    

 

という言葉が紹介されていました。


リーマンショックで売上利益はかなり失いましたが、

名誉と勇気にかけてはそんなに失ってないし、

後者はより強くなっていると思います。



戦後再建の立役者、四代目良平が掲げたスローガン

 

「商士道を発揮せよ!」

 

よろしく、商いのサムライの精神であと一か月駆け抜けたいと思います。

 

 

 

が、そのためにも飲み過ぎ注意、食べ過ぎ注意(笑)!

 

2011年11 月30日 (水) | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

心から勇気づけられたスピーチ

 

先日「新婚旅行」で国賓として来日された

ブータン国王の国会でのスピーチ、

物凄く感銘を受けましたので、

皆さまにもシェアさせて頂きたく、

こちらに全文コピペさせて頂きます。

 

  *  *  *

ブータン国王: 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともに

このたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。

衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、

ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会の

なかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、

ひとりの若者として立っております。

皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。

それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。

このことに対し、感謝いたします。

妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、

ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。

これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、

特別のおもてなしであると認識しております。

ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下および

ブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉を

お伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、

何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。

3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が

寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、

ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。

私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。

そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、

人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に

対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も

決してこのような苦難を経験すべきではありません。

 

しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、

それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。

皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。

我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの

真実味のあるものです。ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる

兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。

そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、

また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。

2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。

しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。

私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを

誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに

自信と進むべき道の自覚をもたらし以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た

数々の国々に希望を与えてきました。

日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。

このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、

強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。

世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた

誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って

何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ

国民であると認識してまいりました。

これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。

それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。

皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば

国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、

日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って

対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の

組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。

すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、

不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、

何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。

それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、

非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から

繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。

さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に

分かち合ってきたということです。

■「ブータンは小さな国ではありますが強い国でもあります」

ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。

私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。

その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。

卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、

静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、

世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における

日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を

応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、

日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。

日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。

ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、

豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。

ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に

数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。

手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。

ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、

質素で謙虚な生活を続けています。

今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、

若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。

そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。

我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を

持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。

それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。

我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や

支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、

両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない

非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。

日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。

それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、

ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。

私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。


 改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。

簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。

「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」


ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、

日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を

享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。

 

  *  *  *

この国王陛下、まだ31歳と聞きます。

さぞやブータン国民にとっては誇らしい王様なんでしょうね。

これからどのように国を導かれるのか、注目したいと思いますし、

いつかブータンという国にも行ってみたいと思いました。

 

 

2011年11 月24日 (木) | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

一人だけでは意味がない。

明日で10月最終日。

ということはつまり、今年もあと2か月。

東日本大震災というこの国にとってとてつもない大きな出来事があった2011年。

とてつもない大きな出来事を経た分だけ、

僕たちはとてつもない変化を生み出せているだろうか?

生み出せてなくても、何かを変えようって

感じて、考えて、動いている人は増えたのだろうか?

鉄は熱いうちに打てという言葉のとおり、

まだたぶん人々の心に熱いものが残っているうちに、

やれることをやっておきたい。

この世の中は、一人一人の人間の思いと考えと行動と、、

とどのつまりはその総和でできているんだ。

一人一人が気づいて動き出せば、すごいことが出来る。

何か「キッカケ」さえあれば、動き出して、すごいことが出来るはず。

この間30になったと思ったら、あと2か月で、四捨五入すれば40の年。

自分が動くことはもちろんだけど、

多くの人が動き出せるキッカケも作っていきたい。

一人では大したことは出来ない。

だけど、一人一人が変わらなければ大きな変化は作れない。

一人だけ高みに登ることなんて出来ない。

みんなで登らなければ意味がない。

今日一日銀座のお祭りに立ち続けて思ったこと。

2011年10 月30日 (日) | 個別ページ | コメント (1) | トラックバック (0)

与えられた仕事を天職と考える

 

毎朝7時半頃に、

携帯に届く名言メルマガ、登録してます。

 

本日の言葉は、タイトルの

 

「与えられた仕事を天職と考える」

                稲盛和夫

 

でした。

 

毎朝、(土日も必ず)

こういうポジティブなメッセージが携帯に届くと、

人生に少なからず良い影響があると思います。

 

興味をお持ちの方は是非登録してみてください。

無料ですので。

 

http://www.chichi.co.jp/mobile.html

 

今日の言葉、とても深いですね。

 

昨日は、お昼の新入社員歓迎昼食会の時も、

夜の弁護士先生との会食の時も、

 

たまたま自分の生い立ちと、

初めに選んだ職業と、

それを脇に置いて(捨てはせず)、

現在社長業をしていることについて

話をしましたが、

 

今日の名言の

 

「与えられた仕事を天職と考える」

 

ことができるかどうか、、ということは、

 

とても重要なことだと思います。

 

特に社長業は、責任重大ですし、

何より多くの人々の人生に影響を与える仕事なので、

これを天職と思えなければ、

正直その会社に働く人は不幸だと思います。

 

「後継者」という立場で、

この仕事が自分のやるべきことかどうか、

天職かどうか、、ということに悩んでいる人、

 

また、就職活動がうまくいかず、

志望した会社と全くちがう仕事についている人、

 

突然の人事異動で、

全く経験の無い部門への異動を命じられた人、

 

この言葉の通り、

与えられた仕事を天職と

 

「考えてみる」

 

ことで、

 

全く違った世界が見えてくると思います。

 

是非、やってみてください。

 

ちなみに私は、

 

冗談では

 

「なんで私が」

とか、

 

「いやいやなった」

 

「なりたくかった」

 

などといったボキャブラリーを

照れ隠しで言うことがよくありますが

(あまのじゃくなので)

 

本心では、今この時代にこの会社のかじ取りを

担わせていただけることに感謝してますし、

 

自分の息子にも、

(まだゼロ歳ですが)

 

歴史ある会社を代表して歩むことのできるありがたさや、すばらしさを、

(大変さも含めて)

 

素直に伝えていきたいと思っています。

 

「与えられた仕事を天職と考える」

 

の巻でした。

 

 

2011年10 月13日 (木) | 個別ページ | コメント (1) | トラックバック (0)

失うことで見えてくるもの

 

「失う」なんて言ったら多くの方から怒られてしまいそうですが、

 

ずーっと左右1.5だった視力が、

 

ここ何年かの健診で左だけ1.0になり、

 

ハードスケジュールが続くと

さらにガチャ目になっているような気がして、

 

今までハッキリ見えたものが、

ぼんやりとしか見えないということが最近よくあります。

 

そういう状況になって、はじめて、

音楽家時代、一緒にやっていた視力が0.1あるかないかの

笛吹きの先輩から言われた、

 

「峰ちゃん、相手の表情が見えないから、

 雰囲気とか、オーラとかをより感じることができるんですよ」

 

(正確な表現ではないですが、そのような内容だったはず。。)

 

というセリフが、最近物凄くよくわかります。

 

焦点を合わせようとしても見えないので、

 

あきらめて、全体の雰囲気を見るようにすると、

 

今までとは違ったものの見え方、感じ方ができるようになるのです。

 

これって結構驚きですし、

 

どっちの方が情報量が多いだろう、、?

と考えたとき、

 

ひょっとすると、

 

一点凝視するより、

 

全体を俯瞰したり、

雰囲気(聴覚や嗅覚なども動員して)も含めて

味わった方が、

 

より多くの情報を得られるような気がします。

 

モチロン見えたに越したことは無いのですが、

 

見えたものが見えなくなることによって生まれる変化を、

 

楽しんでいる自分がいる今日この頃です。

 

ちょっと話は飛躍しますが、

 

先日亡くなったアップルの創業者、

スティーブジョブスは、

 

17歳の時から、毎朝自分に、

 

「今日が人生最後の日だとしたら、

 私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」。

 

と問いかけて、生きてきたそうです。

 

つまり、明日以降の未来を「失った」と過程してみることで、

 

「見えてくる」ものがある、、

 

そこで「見えた」ものを、

 

「追いかけていく」

 

これの積み重ねが、

現在のアップルを作り上げたんでしょう。

 

「失うことで見えてくるもの」

 

「失うとしたら、と仮定することで、見えてくるもの」

 

 

忙しい中でも、本当にやるべきことを

なるべく選びとって、濃い人生を送りたいと思う今日この頃です。

 

皆さんもよき人生を!

 

ジョブスさんのご冥福を祈りつつ。。

 

2011年10 月12日 (水) | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

「赤ちゃんは幸運を運んできてくれるよ!」についての考察。

約一年前、

 

多くの男親のみなさんと同じように

 

父親になるという実感が全くないままに

 

(むしろ漠たる不安の方はしっかりと)、

 

家内の大きくなるお腹を日々眺めていた頃、

 

ある先輩パパさん(日本画家の方)が、

 

「こういう商売をしていると、子供なんか作って大丈夫だろうか、、

 

という不安はすごくあったんですが、

 

”赤ん坊は幸運を運んで来てくれる”

 

っていうように、実際に子供が生まれたら

 

結構仕事も順調になって、、、

 

だから堀田さんも安心してくださいね」

 

というようなことを言っていただいたのを覚えていますが、

 

「どうして子供は幸運を運んでくれるのか」について、

 

ちょっと思いついたことがあり、

 

しかも子供がいなくても応用できることなので、

 

皆さんにシェアさせていただきたく。。

 

 

視点その壱 ・・・ 「与えよ、さらば与えられん」

 

赤ん坊と付き合うということは、

自分の時間とエネルギーを、

彼なり彼女なりに相当な量を注ぎ込むことになります。

 

「与えよ、さらば与えられん」という、

(たしか)聖書にある言葉の法則が正しいとすれば、

使用(産)前使用(産)後比較で、

普段の仕事や夫として「与える」行為以上に、

他者に自分の時間とエネルギーを「与え続ける」ことになるので、

自然と運気が上がる(与えられる)。

 

 

視点その弐 ・・・ 「笑顔の力」

 

人間は「泣きながら笑う」ということが出来ない動物だそうで、

実際悲しいスイッチとうれしい、幸せなスイッチは、

どっちかに入れておけば反対側にはならないと、

何かの本で読みましたが、

 

子供が生まれて、目が見えるようになると、

しばらくして、やたらよく笑うようになります。

 

子供に純粋無垢な微笑みを投げかけられると、

こちらも自然と笑みがこぼれ、幸せな気持ちになる。

 

自分が幸せな気持ちになると、

当然周りの人にもやさしくなれる(与えることが出来る)。

 

それが回りまわって幸運をもたらす。。

 

子供といると、夜泣きなどという、恐ろしく体力を削り取られる

色々な事象?が多々あるのですが、

 

全体として、その存在のおかげで幸福感というのは、

新婚ではない夫婦二人の時よりは(あれ?)

増すわけで、幸福感を感じている絶対時間が長くなれば、

回りの人にもそれが伝染し、善循環が生まれる。。

 

ということで、そろそろうちの「微笑み製造マシーン」を

祖父母のところに届けに行く時間になってしまいましたので、

これにて失礼いたします。

 

ちなみに、この2つの法則は、

自分なりの心がけで、小さな子供がいなくても応用は可能だと思いますので、

ぜひ皆さんも試してみてください!

2011年9 月24日 (土) | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)